田中和子の区議会レポート

第7回地方議員交流会が沖縄で開催されました。
プログラムの1つである沖縄県内視察(中・北部)から、いくつかの訪問先をご紹介します。

嘉数高台(沖縄戦緒戦の激戦地・普天間飛行場を一望できる)
普天間飛行場は宜野湾市の中心部にあり、周辺には9万人の市民が居住し、121箇所以上の公共施設があります。2004年沖縄国際大学への米軍墜落事故は今も記憶に残っています。米国においては、滑走路の両端の延長上4,500mにおいては住宅や学校、病院、集会場などがあってはならないことになっており、この米国基準に照らし合わせれば、普天間飛行場は安全上不適格な飛行場といえます。高台から見た2,800mの滑走路は波打っており、離着陸に危険が伴うことが想定されます。
(写真は高台から見た普天間飛行場と隣接する青い海と町並み)


辺野古(沖縄県北東部海岸に位置する)
 辺野古集落の約9割はキャンプシュワブとして接収され、米海兵隊の訓練基地として使用されています。キャンプシュワブの一部と、海上埋め立て地に建設する新基地計画を日米政府が決定して10年以上が経過しています。
 辺野古の海はさんご礁とジュゴンの生息地、多様な海の生物の宝庫として知られています。防衛省は辺野古の海洋調査を開始し、環境調査準備書を公表して手続きを始めていますが、7月15日付けの沖縄タイムスには県環境影響調査評価審査会が精度を疑問視していることが報じられています。
 地元では「おじい、おばあ」といわれる方々が座り込みによる抗議を続けています。
(写真は見張りテントでお話をうかがった嘉陽さんご夫妻、嘉陽のおじいと市民フォーラムの二人)


座喜味城跡(沖縄戦・反基地闘争など平和な村づくりが一望できる世界遺産の城跡)
 琉球王朝の城跡。北谷町には米軍の飛行場があり、米軍はヘリコプターから物資投下の訓練を行っており、投下されるものには小型戦車なども含まれていました。子どもがこの投下された小型戦車の犠牲になり、基地返還運動が強力に進められました。  
 基地返還運動には、返還後の町づくりを示すことが重要との考えから、返還前に日米地位協定に違反しない範囲で、飛行場内に公共施設(役場など)をつくる平和の町づくりを進めてきました。返還後も文化や福祉を中心とした町づくりが行われています。
(写真は松林の中で県議の説明を伺う参加者。後方に見える石垣は城跡です)

嘉手納空軍基地
米軍の太平洋の要衝の拠点基地。嘉手納町の面積のうち、米軍基地の占有率は82.6%。嘉手納基地の爆音訴訟が行われていますが、「爆音を撒き散らしているのは米軍であり、日本政府ではないから、第三者である国に対して指し止めを求めるのはお門違い」という主旨の判決が出されています。米軍人と軍属は、この8月1日をもって、基地内に居住することになりました。立派な住居がバスの車窓から見られました。
(写真は基地沿いの「道の駅」屋上からみた嘉手納基地の一部)


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